9章2節:水面下で進んでいたリストラと知らされなかった疑念

違和感が積み重なった退職までの日々 ― 一人だけ取り残された感覚

現場の仕事をほぼ全て担っていた私は、退職する最後の日まで顧客やパートナー企業の対応業務に当たりました。そのため、なかなか新たな仕事探しに時間を割くことができませんでした。

配偶者の胸中も慮りながら、人生を早く立て直したいと焦る一方で、目の前の仕事を疎かにできない生真面目な私がいました。自身の性格のせいで自縄自縛に陥る性質は、子どもの頃から何も変わっていなかったのです。

そのように過ごしているうちに、私の中で少しずつ疑念が生じる出来事が続きました。

まずは、リストラを伝えられた日に遡ります。

朝一番、一緒に転籍したJさんに会議室で話したいと言われました。誰かが辞めるのだろうかと思いましたが、話の内容はまさかの事業中止と整理解雇についてでした。

全く予期しなかった内容に、思わず「えっ」と声を上げ、固まりました。

なぜ突然、誰がどのような理由でそう決定し、なぜ私だけに個別に伝えるのか。一瞬、さまざまな疑問が頭をよぎりましたが、すぐにそれらを自ら打ち消しました。始めたばかりの結婚生活のことが心配になり、そのことで思考が覆われてしまったからです。

後から振り返ると、あの時のJさんの話しぶりには、どこか演技じみたところがあったような気がします。生じた疑問をその場ですぐに彼女にぶつけなかったことを後悔しています。そして、自身の甘さに今でも唇を噛む思いがします。

「就職決まったよ」

リストラが決まってからわずか数週間後、昼過ぎに出社してきたJさんは、清々しさを感じさせながらそう言ったのです。普段は僻みっぽさを言葉の端々に感じさせることが多い彼女とは別人のような表情と口ぶりでした。

私は驚きと嫉妬で、胸の鼓動が早くなるのを感じました。新しい働き口がそんなに早く決まるものでしょうか。もしくは、Jさんくらいの経験者であれば再就職にさほど苦労しないのでしょうか。

私は複雑な心境を悟られたくなかったため、できるだけ明るく振る舞って、「そうなんですか。よかったですね。おめでとうございます」と言いました。

私の疑念と焦りを増幅させるように、他のメンバーも次々と再就職を決めていきました。しかも、ある大学の教員として採用された人までいたのです。

私は猜疑心を隠せなくなっていました。そんなに早く再就職が決まったこと。そして、大学の教員とはそんなに簡単になれるものなのかという驚きのためです。当時の私には想像がつきませんでした。

振り返ってはじめて気づいたことですが、リストラを言い渡される少し前から、不穏な兆候はありました。

例えば、急に予算を使わないよう通達されたのです。そのため、メンバーの一人がパートナー企業に対して、「案件を白紙に戻したい」という趣旨の謝罪の電話を入れ始めたのです。

また、出社しない人や、訪問先がよくわからない外出をするメンバーもいました。あくまでも私の想像ですが、あれは全て就職活動だったのかもしれません。

様々な状況を組み合わせて考えると、事業撤退と整理解雇のことはもっと早くから決まっていたにも関わらず、私だけが知らされていなかったのではないでしょうか。少なくとも私にはそう思えてならないのです。

そもそも、私たちは転籍先では歓迎されていませんでした。電話をしっかり取り継いでもらえなかったり、来訪者をぞんざいに扱われることもありました。デスク周辺のゴミ箱の位置を使いやすい場所に動かすだけで小言を言われたこともありました。

転籍した際、人事部の人たちのそっけない態度が後になって腑に落ちました。最初からこのリストラは織り込み済みだったのかもしれません。

最後の勤務日、出社したのは私だけでした。その前日、Jさんは「最後よろしくね」という言葉を残して帰って行ったのです。

最終日、他の部門の人たちがこれからどうするのかと私に聞いてきました。

「ご家族いるんでしょ?」

「これから大変だね」

「いつも熱心だなと思って見ていたんだけど」

深い話どころか、仕事の話でさえほとんどしたことがないのに、興味本位のように感じられるそれらの問いかけに、私はおもちゃにされているような気持ちになりました。

最後にオフィスを出る時、私自身も心にもないことをなぜか口にしてしまったのです。最後までしっかりした人間でいようとしたのかもしれません。

「再就職先が決まったら皆さんにご報告します」

オフィスの出口まで見送ってくれた一人が、「そんなこと関心ないよ」と言わんばかりに、口元をわずかに上げました。その人の肩越しに見える、その他の人々の視線がたまらなく屈辱的に感じられたことを、私は一生忘れないと思います。