9章1節:結婚直後に失業した日 ― 沈黙が残した後悔

生活と信頼を揺さぶった突然のキャリア断絶

結婚直後、当時勤めていた会社のリストラで失業したことについては、2章3節で少し触れました。

まさに青天の霹靂でした。

雷に打たれたようなこの出来事で、私は深い傷を負いました。その痛みは今日でも続いています。生涯のパートナーと決めた人と新たな船出を迎えた矢先、突然の暴風雨に見舞われ、難破してしまったのです。

私たちは共働きを前提に将来を設計していました。そのため、あの時の失業は私たちの信頼関係と生活を根本から揺るがしました。

当時の私には蓄えらしいものがほとんどありませんでした。長期的なキャリアを見据えて、給料を必要な勉強やスキルアップに充てていたからです。

多くの人と同じように、私は一日でも早く仕事で確かな実績を築こうと必死でした。心の奥に根を張った劣等感や使命感が、そんな焦りに拍車をかけ、何かに追われるように仕事と自己研鑽に取り組んでいたのです。

結婚直後の失業という試練が、配偶者の言動にどの程度影響したのかはわかりません。少なくとも、私自身は大きな罪の意識を抱え、その後ろめたさが二人の関係性を歪めたことは否定できないと思います。

リストラを告げられた日の帰り道、動揺した私は大きなターミナル駅構内のカフェでしばらく時間を過ごしました。配偶者にどう伝えたらよいか考えたのです。

窓越しに見える、足早に行き交う仕事帰りの人々を羨ましく思いました。よりにもよって、なぜこのタイミングで私は仕事を失うことになったのだろう。会社を恨み、同僚を妬み、そして何より、自身の不甲斐なさを責めて涙が込み上げてきました。

「どうしていつもこんなに苦しいんだろう」

子どもの頃から心の中で何度も繰り返してきた問いでした。大きな不安感に襲われて、胸の真ん中あたりが押し潰されそうでした。

隠し事はしたくなかったので、帰宅してすぐ、バッグも置かずにありのままを報告しました。

配偶者は、破裂した水道管から噴き出す水のように、驚きと不安、そして不信感を一気に露わにしました。しばらく沈黙した後、配偶者は涙を流しながらただ一言、「就職活動、すぐに始めないとね」と、沈んだ気持ちとは裏腹の現実的な言葉を口にしたのです。

今でもふとした瞬間に、あの日のことを思い出し、悪夢が蘇るような感覚に襲われます。私の人生における痛恨の出来事でした。なんとか乗り越えられたことが不思議でなりません。私はあの時すべてを失っていてもおかしくなかったと思います。

新規事業という機会の裏で見落としていた組織の構図

失業したのは、グループ会社へ異動してから数年経った時のことでした。

もともと在籍していた会社から、私を含む6名が新規事業の立ち上げのためにグループ会社へ出向し、その後、正式に転籍したのです。

私はこの異動を天からの贈り物のように感じていました。成長の機会を求めていた私には、この新規事業が千載一遇のチャンスのように思えたのです。

当時の私にとっては、どの組織に所属するかよりも、どのような経験を得られるかの方が大切でした。たとえ厳しくても、毎日成長を実感できる環境に身を置きたかったからです。

他の5名は私よりも二周りほど上の経験豊富な人たちでした。私は自然と「現場の担当者」としての役割を引き受け、どのような仕事にも主体的に取り組みました。

このメンバー構成の不自然さに気づいたのは、実は休養生活に入ってからのことです。未熟だった私は「木」しか見ておらず、「森」全体が見えていなかったのです。

もともと、私は現場の泥臭い仕事にやりがいを感じるタイプでした。事業領域について勉強し、自分の頭で考えて、手も動かして、潜在顧客にコンタクトする。簡単ではありませんでしたが、経験を積んでいる実感を得ることができました。

一度、私ももっと意思決定に関わりたいと他のメンバーに直訴したことがありますが、にべもなくあしらわれました。そして、ほどなくして、新規事業の黒字化は見通せないという理由で撤退が決まり、私たちの6名全員が整理解雇となったのです。

上述した通り、私は大きなショックを受けました。それにもかかわらず、無知で従順だった私は、会社の決定に物分かりよく応じ、そのまま受け入れてしまったのです。黙ったままの他のメンバーに不可解さを覚えながらも、世間知らずであることも相まって、私も雰囲気に流されて何も声を上げることができなかったのです。

あの時の沈黙は、人生最大の後悔のひとつです。

たとえ、事業撤退という決定は覆らなかったとしても、会社と他のメンバーに対して、せめて自身の考えや疑念を言葉にして、主張するべきことはしっかり伝えるべきでした。誰かが私の気持ちを代弁してくれるだろうという甘えがあったと思います。

どんなに大きな声で叫んでも届かない思いだけが胸に残り、私は今でもあの時の自分を悔いています。自身の尊厳すら守ることができなかったからです。

そして、あくまでも推測ですが、他のメンバーの沈黙の本当の理由を、退職日までに少しずつ察するようになっていきました。