7章2節:新興宗教に囲まれた日常と家族の支配 ― 信仰から自由になる意思

日常に張り巡らされた新興宗教の人間関係 ― 配偶者を囲んでいた信仰の生活圏

結婚当初、配偶者や義父母からいろいろな人を紹介されました。

親戚や友人、会社の同僚、ご近所さんに加え、保険会社の担当者、クリニック、雑貨屋さんやお花屋さんなど商店街の小さなお店まで、本当に様々な人たちです。そして、紹介された人たちは、皆、同じ新興宗教の信者でした。

このことは、私の人生において新たな発見でした。日常生活のすぐそばに、これほど多くの信者がいるとは思いもしませんでした。

配偶者がこれらの人たちと特別に親しく付き合っていたわけではありません。むしろ、本能的に狭いコミュニティに違和感を感じ、距離を置いていたくらいです。それにも関わらず、新たに出会う人の多くは信者だったのです。

私がネットや書籍で調べたところ、日本の総人口に占める信者数の多さに驚きました。身内の中に信者がいれば、その生活圏の中で他の信者に出会う機会が増えるのも、今となっては自然なことだと理解しています。

自宅の郵便受けに機関紙が届くようになりました。義父母が手配したのです。

私はその新聞を一度たりとも開いたことはありませんが、理念やスローガンと思われる独特な言葉遣いの見出しは自然に目に入ります。

配偶者が読んでいるところも、一度も見たことはありません。配達を止めてもらうよう提案したことがありますが、そう簡単ではないようです。私には、購読者数を増やすことが「信仰心の示し方」として重視されているように見えました。

では、配偶者はその宗教に全く関心を持っていないかというと、そうではありません。祭祀具を使った形跡があったり、置き場所が変わっていたりすることがよくありました。おそらく、私が留守の間に何かしらの儀礼をしていたのだろうと思います。

そのような場面に遭遇するたびに、私は配偶者の心の中を想像しました。

私はその新興宗教の教えや歴史、影響力を知りたくて、関連する本をたくさん読みました。配偶者がこの世界をどう解釈しているのか知りたかったからです。

一度だけ、その宗教の集会にも参加してみたことがあります。広いホールには数百人もの人が参加しており、前に立って話していたのはテレビで時々見かける著名人でした。

話の細部は覚えていませんが、その著名人が伝えようとしていた内容はよく覚えています。「苦しみの中で祈り続けたら道が開けた」という趣旨のことを熱く語っていました。

集会に参加して良かったです。なぜなら、その著名人のメッセージと配偶者の性質は一致しないと確信したからです。

私の理解では、本来の配偶者は論理的思考を好み、物事を判断する際は可能な限り情緒的な要素を取り除きたい合理的な人だからです。

配偶者が自分の意思で主体的に選び取った思想だとは思えませんでした。環境によって刷り込まれた色彩が強いと私には感じられたのです。だからこそ、根が深いと思いました。

私は時間がかかることを覚悟しました。他者から与えられた信仰に染まった時間の長さを思うと、その解放にもきっと同じだけの歳月が必要だろうと思ったからです。

人生とは誰のためのものか ― 信仰と支配から自由になる選択

家族と信仰、支配の関係を考えているうちに、私は根源的な問いに行き着きました。家族とはなんでしょうか。親子とはなんでしょうか。

小学生の頃、『狼に育てられた子』という話を授業で読みました。狼の群れの中で育ったアマラとカマラという名の二人の子どもの話です。

人間に保護された後も、四つ足で歩いたり、狼のように遠吠えをする描写が小学生の私には強烈でした。忘れることができません。配偶者と義父母の歪んだ関係性に触れるたびに、私はこの話を思い出しました。

ところが、このブログを書くにあたってネットで改めて調べてみたところ、現在、専門家の間では『狼に育てられた子』の話の信憑性は相当疑われているらしいことを初めて知りました。学校で習ったことが全て正しいわけではないことの一例です。

家族の仲は良いに越したことはないと思います。しかし、もし健全な関係を保てないのであれば、親子といえども距離を置いて良いのではないでしょうか。

生まれた環境で人生が決定付けられては悲しいと思います。背負わされた重荷に影響を受けますが、どう生きるかは自分の意思で決めることができると考えたいです。

私自身、諍いが絶えない家庭で育ちました。長い間、そのことに囚われて過ごしてきましたが、今では自由に生きています。

休養期間中、一度も自身の身内には会っていません。「便りが無いのはよい便り」と考えるようにしています。その代わり、何かあった場合には力になれるように努力を続けることにしています。

「家族だから助けるべき」と考えているのではありません。私が自分の意思で「助けたい」と感じているからこう考えているのです。私は誰の考えにも支配されていません。

休養期間中、フランスの哲学者・アランの本を読みました。「悲観は感情、楽観は意思」という趣旨の言葉に出会った時、本来の自分を思い出した気がしました。

幸い、私は幼い頃から運良く自分の意思を失わずに生きてくることができました。一方で、この意思の強さは不仲な家庭環境のもとで培われた気もするのです。自身でも因果関係は分かりません。まさに、鶏が先か卵が先か、です。

配偶者は信仰を捨て、親とも連絡を断ちました。そうは言っても、私の目には言動の節々にその影響が見え隠れする時は今でも頻繁にあります。そうであったとしても、自分の意思で人生を選び始めたことは大きな一歩だと思います。

私は私の人生を生きつつも、一生をかけるくらいの時間感覚で、配偶者の人生を見守りたいと考えています。

次章のテーマ ― 家族の数だけ形がある

子どもの頃、過酷な環境で生きる子が周りに多くいたことを思い出しました。また、大人になってからは、家族の数だけ形があることを知りました。次回はこれらについて触れたいと思います。