6章1節:配偶者が洗脳から目覚めた日 ― 毒親と宗教二世を越えて

変わり始めた配偶者 ― 洗脳されていたと気づくのは、抜け出したあと

休養して過ごしたこの数年間、配偶者の気性の荒さは少しずつ目立たなくなりました。私が静かに過去を整理して過ごしている間、配偶者も過去を振り返っているように見えました。

「丸くなった」とは言いません。以前のように激昂することは今でもあります。それでも、一緒に暮らし始めた頃にはなかった自己省察の様子が見られるようになったことは確かです。

長い時間をかけて少しずつ、私たちはパートナーとして相互理解を深めたのかもしれません。

抑うつという私の心の状態は別にして、お互いの仕事に関して長期的な展望を持てるようになった点が大きかったと思います。仮に一時的に職を失っても、「この分野ならなんとか再就職できるかもしれない」という感触を、苦しさの底で手に入れつつあったのです。

2章3節で触れたように、「もう会社辞めていいよ」と言ってくれた背景には、経済的な不安を感じつつも、お互いのキャリアに関する微かな手応えや楽観が、やっと醸成され始めたことがあったと私は考えています。

通院中、私は医師やカウンセラーと話した内容や読んだ本の感想を、配偶者に詳しく話すようにしていました。私の心境の変化を知って欲しかったからです。その際、しっかりと聞く耳を持ってくれました。

配偶者が「毒親」「宗教二世」「洗脳」という言葉を自ら口にするようになったのはこの頃からです。私の推測ですが、本人は私を通じて間接的に認知の修正を図っていたのかもしれません。

そう感じさせる言葉を二度、口にしました。

「菜穂樹は180度変わったよね」

「菜穂樹に浄化された」

かつて、私は配偶者の極端な振る舞いに毎日のように悩まされていました。その言動の本当の原因は今でもわかりません。だからと言って、本人に問い正すつもりはありません。配偶者が内省を深めた結果、いつか自然に話してくれることを待つつもりでいます。

おそらく複合的な要因だったのではないでしょうか。親や親族の影響、遺伝、信仰、性格、学校、友人関係、仕事、経済力、配偶者との相性を含め、あらゆることが影響しているはずです。

いわば、配偶者は親やその他の親類を含む生まれ育った環境に支配されていたのだろうと思います。こう考えると辻褄が合うことが多いのです。

洗脳から抜け出してはじめて、自分が洗脳されていたことに気づく。それは、私がストレスから解放されてはじめて、ストレスを自覚したことと似ているのかもしれません。

配偶者の心の傷 ― 親を心の中で火葬に付す

休養期間中、長野県の蓼科を訪れました。

蒸し暑い都心を離れて、涼しい空気の中に身を置くだけで心が癒されます。真っ青な空の下、雄大な自然に囲まれると、自身の悩みや心配が瑣末なことのように思えます。どんな困難でも乗り越えられるような勇気が湧いてくるのです。

そんな心境も手伝ってか、この時、私たちの関係は大きな峠を越えることができました。

蓼科湖と横谷渓谷の間に、往復12キロほどの遊歩道があります。野鳥の鳴き声しか聞こえない、その白樺の森の中を歩いている時、私は配偶者が洗脳から目醒めた瞬間に立ち会いました。

ゆっくり歩きながら、私たちは休養期間中の心境の変化をお互いに話していました。その際、配偶者は静かに涙を流しながら、それまで聞いたことがない心の内を明かしてくれたのです。

私は衝撃を受けました。

「頭の中で両親を火葬に付したんだ」

「知ってる?火葬場ではご遺体がちゃんと燃えて骨だけになったか、係の人が目視しているんだって」

「その係の人の立場に立って、両親が骨だけになったことを確認した。自分に親はもういない」

「昔は硬い箱の中に気持ちを閉じ込めていた。だけど、それではダメだったから心の中で親を燃やした」

配偶者はその時点ですでに信仰も捨てていました。自宅に置いてあった祭祀具も廃棄していたのです。

もともと、配偶者自身は主体的な信者ではありませんでした。生まれた時に両親や親族から押し付けられたものだったのです。だから、近年はいつもどこかで違和感を感じていたようなのです。

しかし、他の価値観や社会通念に疎かったため、無意識にその信仰の教えに囚われ、それが本人の一挙手一投足に影響していたのかもしれません。

配偶者は取り戻せない過去に悔しさを滲ませながらこう続けました。

「思い込みがたくさんあったよ。よく考えたら毒親から聞いただけ。自分で見聞きしたわけじゃない」

「悪い人だと聞かされた人たちも、そうじゃなかった可能性がある。悪いのは毒親の方だったかもしれない」

「これからは自分で見聞きしたことしか信じない」

「今考えると刷り込まれていたと思う」

そして、私が今後の生き方を決めることになる決定的なことを言ったのです。この時を境に、私たちの人生に臨む姿勢は変わりました。

「親とは縁を切った」

「菜穂樹が新しい人生を始めたら引越しをしたい。新しい住所は誰にも教えない」

「整形もして、名前も変えて、新しい人生を始めたい」

少し間を置いて、配偶者は続けました。

「菜穂樹がいればそれでいい」

おそらく人生に一度あるかないかの告白を受けたこの瞬間、私たちの30メートルくらい先に、野生の鹿が二頭、森の中から現れました。しばらく動かず、じっと私たちの方を見つめた後、音を立てずにまた森の中へ消えていきました。

まるで寓話の一場面のような、その可愛らしくも神秘的な光景と、隣で現実世界に戻ってきた配偶者のコントラストが信じられませんでした。

「この人の心の傷はどれだけ深いのだろう」

「傷ついていたのは私ではなくこの人だった」

「私はこれまでこの人を受け止めてきただろうか」

私の中で甘えが消え、私も自身の人生を再定義しようと決めた瞬間でした。