理由なき敵意 ― 配偶者が私の実家に向けた攻撃性
配偶者は私の実家の家族に対して、なぜか敵意をむき出しにしました。数えるほどしか会ったことがないのに、私の前で激しく罵るのです。
「いつか酷い目に合わせるからな」
「お前の家族に復讐するからな」
ほとんど言葉も交わしたことがないのに、なぜそれほどの憎しみを抱いているのか私は何度も尋ねました。しかし、絶対にその理由を言わないのです。
後年、配偶者の言動が軟化しはじめて、少しずつ心のうちを話してくれるようになったとき、ようやく私の実家の家族を侮辱する理由を明かしてくれました。
祖母の葬儀で配偶者が香典を差し出した時のことです。私の妹が一言、「えらいですね」と配偶者に言ったらしいのです。もちろん妹に他意はなかったと思います。
しかし、なぜか配偶者は妹のその一言でみくびられたと思ったそうなのです。たったそれだけで、長い間、私の身内を罵り続けてきたのです。
私は信じられない思いでした。妹の一言と、配偶者が口にした罵詈雑言はあまりにも不釣り合いだと思いました。しかし、配偶者の頭の中では、このような思考回路が正当化されているのです。
エスカレートする怒りと破壊的行動 ― 制御不能な憎しみのエネルギー
結婚生活を通じて、配偶者の傍若無人ぶりや社会規範に反する言動は日々エスカレートしていきました。私が耐え続けたことが、それを助長した可能性はあるかもしれません。
詳細は覚えていませんが、いつものように配偶者と意見の食い違いがあった日のことです。
私がシャワーを浴びている時、「バキッ」というそれまでに聞いたことがない変な鈍い音が浴室の外から聞こえたことがありました。軽い揺れも感じたので「地震かな」と思いました。
お風呂を出てリビングに行った時、目を疑いました。壁にマンションの地肌が見えるほどの、深く大きな穴が開いていたのです。床には砕け落ちた壁の材質が、粉々になって落ちていました。
風呂場で聞こえた音の正体は、頭に血が上った配偶者がダイニングチェアを壁に向かって投げつけた時のものだったのです。椅子の足が壁を突き破り、穴を開けたのです。怒りの凄まじさを目の当たりにして唖然としました。
都内の混雑した交差点のど真ん中で、配偶者に怒鳴られたこともあります。
何かの意見の相違の末、私が「もういい」と言って一人で交差点を渡り始めました。追いかけてきた配偶者は大きな声で「待って!」と叫びながら、私の上着の袖を乱暴に掴んだのです。
何十人、いや、ひょっとしたら百人以上の人の意識が一斉に私たちに向けられました。配偶者の見境のない行動に泣きたくなるとともに、周囲の人の視線が突き刺さるようで、血の気も引く思いでした。
休暇で温泉地のホテルに泊まった時のことです。寝室とリビングが短い廊下を隔てて分かれているような間取りの部屋でした。この時も口論になりました。
リビングの方で大きな音がしたので、状況を大体察しながら確認しにいきました。結果は予想した通りでした。
大きなリビングテーブルの脚が、天井を向いた状態になっていたのです。怒りに駆られた配偶者が、リビングのテーブルをちゃぶ台のようにひっくり返したのです。
重厚なテーブルをひっくり返すためには相当な力が必要だったはずです。怒りのエネルギーとホテルの備品に当たる分別のなさに、私は発する言葉が見つかりませんでした。
自宅の近所を歩いている時に口論になって、「もう帰る」と言って私だけ来た道を引き返したことがありました。
数十秒後、後ろから「ドタドタドタッ」という音が聞こえてきたので振り返ると、配偶者が鬼の形相で、でも涙を浮かべながら拳を振り上げて走ってきたのです。まるで漫画のような光景でした。
私が振り向いた時、その通り沿いにある住宅のベランダから、女性が私たちを見下ろしているのが視界に入りました。「あ、見られた」と思いました。ずっと隠してきた私たちの関係がご近所に知られてしまったと思ったのです。
配偶者をもっとも無慈悲と感じたのは、車で東名高速道路を下っていた時のことです。私の父の葬儀のため、地元に向かっていたのです。
こんな時くらいは私への攻撃の手を休めてくれたらいいのにと思いましたが、そんな願いは通じませんでした。口論の理由は、義父母が葬儀に参加するか否かだったと思います。車の中で怒鳴りあったのです。
過労か心労か、はたまた暑さのせいかわかりませんが、葬儀の時、私はついに動けなくなってしまいました。葬儀会社の親切なスタッフが、氷をタオルで巻いて渡してくれました。そして、少し前まで車の中で怒鳴っていた配偶者が、それを私の首に当ててくれたのです。
このように、配偶者の怒りは激しく、時に滑稽であり、そして非情でした。普通の人のそれとは明らかに違っていたと思います。
突然ですが、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『プレデター』という映画をご存知でしょうか?配偶者が理性を失うたび、私はあの映画を連想せずにはいられません。
配偶者の振る舞いがもっとも過激だった頃、『プレデター』に出てくる地球外生命体のように見えたのです。精神的に極限状態まで追い詰められていた私には、配偶者の内面も外見も人間らしさを失っているように見えました。それくらい、配偶者の振る舞いは手に余るものだったのです。
家に帰るのが怖かった日々 ― 言葉による支配と恐怖
終電で帰る毎日でしたが、最寄駅から自宅までの道のりは足が重くなりました。家に帰るのが怖かったのです。
「今日は何が起きるのかな」
「機嫌を損ねること、何かしたかな」
「言い争いをせずに自室で仕事に戻れるかな」
「2~3時間は眠れるかな」
毎日毎日、こんなことを考えながら歩いていました。
自宅に到着するのが怖くて、わざわざコンビニや小さなスーパーに立ち寄りました。お店の明るさが避難所のように感じられ、普通に買い物をしている人が羨ましく思えました。
本章を書きながら、胸が苦しくなる記憶をたくさん思い出しました。その中でも、まるで心臓に矢が突き刺さるような痛みを感じた言葉を三つ、最後に紹介します。
配偶者にしばらく無視をされた時期がありました。その針のむしろのような日々は、以下の言葉で突然終わったのです。まるで私を弄ぶことに飽きたかのようでした。
「さすがに可哀想だから無視はやめてあげるよ」
暑い日の午前中、ジョギングをして汗だくになって帰った時のことです。ちょうど起きてきた配偶者が、息を切らしている私を見てこう言いました。
「どこかでのたれ死ねば良かったのに」
なぜ私に対して酷いことを言うのか問いかけたところ、こう言われたことがあります。
「あなたはサンドバッグだから」
この言葉を聞いた時、憤りや悲しみを感じるというよりも、心が空っぽになったような気がしました。
私にとって自宅は家庭と呼べる場所ではありませんでした。地獄と言っても決して誇張ではなかったのです。同時に、あの頃の私は、それが異常であると認識する力すら失っていたと思います。完全に恐怖と混乱で支配されていました。しかし、十数年の時を経て、配偶者は少しずつ変わり始めたのです。
次章のテーマ ― 少しずつ変わり始めた配偶者
次回から、配偶者の変化について触れていきます。

