日常の対人場面に表れた配偶者の被害意識と攻撃性
結婚当初、ファミリータイプのマンションで暮らしていました。
配偶者は、他の住人とすれ違ったり、エレベーターに乗り合わせても挨拶をしないのです。私の目には、まるで他者が存在しないかのような振る舞いに見えました。
その度に、住人がギョッとするような表情をほんの一瞬だけ浮かべるのです。私はそれを感じ取り、いたたまれない気持ちになりました。
配偶者はサービス業の店員さんに対して、特に厳しい態度で接しました。
旅行バッグを買いにデパートを訪れた時のことです。欲しい商品がセールの対象品かどうかわからなかったため、近くの男性の店員さんに尋ねました。彼は「対象だと思いますが、念のため聞いてきます」と言って、バックヤードに確認に行ったのです。
戻ってきて「申し訳ありません。こちらはセールの対象外です」と彼が言った瞬間、配偶者は「対象って言ったでしょ!」とまるで癇癪を起こした子供のように、彼に怒りと不満をぶつけてその場を立ち去ったのです。
店員さんは、驚きと申し訳なさで口を真一文字に結び、立ちすくんでいました。私は彼に謝罪し、配偶者の後を追いました。
似たようなことはスーパーや飲食店でもたびたびありました。見過ごせばよい小さなことでも、配偶者は自分が不当に扱われたと感じているようなのです。
私が収めようとすると、「自分には文句を言う権利がある」という趣旨のことをよく口にしました。
このようにいつも利害得失にとらわれているため、平穏な日常が突然緊張に包まれることがよくありました。いつスイッチが入るかわからないのです。配偶者の目に社会や他人がどう映っているのか、私はいつも想像を巡らせました。
狭い歩道を一緒に歩いていた時のことです。ベビーカーを押している人が前から歩いてきました。
常識的にはこちらが道を譲るべきです。しかし、配偶者はそのような素振りを見せず、まっすぐ歩き続けました。結果的に、ベビーカーを押している人が道を譲ってくれたのです。
私はその行いを看過できなくて、強い口調で配偶者に注意しました。予想した通り、「歩道を占領している向こうが譲るべきでしょ」と強弁してきたのです。
社会や他者への無関心に気づいた日常の違和感
長い間一緒に暮らしてきましたが、配偶者がニュースを見たり、新聞を読んだりしているところをほとんど見たことがありません。
「人が嫌い」「人の気持ちがわからない」と言っているだけに、社会へ関心が向かないのかもしれません。
例えば、世間で酷い事件が起きたとします。それに関して「ひどい事件だね」と私が感想を漏らしても、同情ではなく、被害者に責任があるかのような言葉を口にするのです。
「被害者は普段から行いが悪かったんだよ」
「被害者はきっと前世で悪いことをしたんだよ」
私が「そういう考え方は的外れだし不謹慎だよ」と遠回しに伝えても、頑なに自分の思考様式を省みることをしません。まるで他者に思いやりを見せまいと固く決意しているかのようです。
仕事に対する責任感も希薄に見えました。他者や社会への無関心が根底にあるのではないかと私は考えています。
体調不良という理由で、一週間単位で仕事を休むことが年に数回ありました。最低限の食事とお手洗い以外、昼間も起きてきません。文字通り、一週間寝たまま過ごすのです。
その様子はまるで電池が切れたロボットのようでした。五感が止まったかのような無気力さです。これで社会人が務まるのかと、私の方がいつも不安になり、やきもきしました。
「何かが根本的におかしい」
「私が知らないことが何かあるのではないか」
「単に価値観の不一致という問題ではない気がする」
このような気持ちが年々強くなっていきました。すでに述べた通り、生育環境に理由があるのかもしれないと思うまで十数年かかったのです。
自己誇示と金銭への執着に表れた歪んだ価値観
社会に対して無関心であることと矛盾して聞こえるかもしれません。しかし、配偶者は自分を大きく見せようとすることには熱心でした。
以前、配偶者は資格と経験を活かして、ある大きな会社で期間限定のスタッフとして働いたことがあります。有期の仕事でしたが、本人はキャリアになると考えたのです。
親戚の集まりで仕事の話になった際、配偶者は自身がその大企業の正社員であるかのように話しました。
親類の一人が「◯◯にお勤めだなんてすごいですね」と言った時、配偶者が自ら「期間限定のスタッフなんです」と訂正することはありませんでした。
すぐ隣で聞いていた私は困惑しました。横から口を挟もうとしましたが、できませんでした。配偶者の顔を潰して、恥ずかしい思いをさせたくなかったからです。
また、お金の話になると途端に細かくなり、自らを「強欲」と表現することさえありました。
生きていく上でお金は誰にとっても大切ですが、あまりに強い執着心を見せるので、私はその理由を尋ねたことがあります。「不安だから」というのが答えでした。
「経済的に困るのが怖い」という意味でなく、「お金以外は信用できない」というニュアンスで言うのです。
長年住んだマンションの修繕工事でトラブルになったことがありました。その際、配偶者は補償のあり方について極端な案をいくつか口にしました。度を越した要求だと思ったので、私はたしなめたことがあります。
さらに、狭い道で自動車とすれ違う際、通常は歩行者も少し脇によけるものです。しかし配偶者はそうすることなく、あえて接触しそうなぎりぎりの位置に立つことがありました。その度に私が「危ない!」と声を上げて、傍へ引き寄せました。
配偶者が考えていることを想像して、背筋が寒くなる思いがしました。

