感情を言葉にする意義 ― 通院の効果は人ぞれぞれ
ありのままの感情を解き放ってよかったと思います。それが認知を修正する始まりとなったからです。
だいたい週に一回のペースで診察やカウンセリングなどのために通院しました。初診から数ヶ月たった頃には、医師やカウンセラーの前で泣くことはなくなりました。心の重苦しさが少しずつ和らぎ、思考が整理され始めたことを感じました。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、気持ちを言葉にするという人間特有の行為の意義深さを思い知る日々でした。
言うまでもなく、悩みの種類や置かれた状況は人によって異なります。そのため、心療内科の受診やカウンセリングの効用は人それぞれでしょう。
幸い、私はいくつかの明らかな効果を実感しました。
心の重荷を下ろす ― 気持ちが楽になる
第一に、心の悩みを第三者に話すだけで、気持ちが少し楽になりました。背負っていた重荷を一つずつおろすような感覚です。通院当初は毎回泣いていましたが、そうすることで体から毒が抜けていくような感覚を覚えました。
誰もが日常生活で経験することと似ているのかもしれません。近しい人に愚痴や不安を聞いてもらうとスッキリすることがあります。それと同じ行為なのだろうと私は考えていました。
第二に、感情を言葉にすることで、自身の悩みの輪郭を少しずつ理解するようになりました。家族の問題という、目を逸らし続けてきた本質的な問題が徐々に見え始めたのです。
なお、自分の気持ちを毎回整然と話せるわけではありませんでした。むしろ、正確に言葉にできないことが多かったと思います。医師やカウンセラーなどの専門家を前にすると、やはり構えてしまいました。
通院当初は勝手がわからず、大人としての分別や体裁を保ちたい気持ちもあって、本心を控えめに話すことがありました。一方で、苦しさを伝えようとするあまり、実際よりも大袈裟な言葉を選んでしまうこともよくあったのです。
病院からの帰り道、会話の内容を反芻した時、本音を的確に言葉にできなかったことをよく悔やみました。しかし、そのような試行錯誤の時期も含めて、自身の悩みの全体像を少しずつ把握していきました。
第三に、医師やカウンセラーの考えに触れることで、私の物事の受け止め方の幅が広がりました。新しい観点に触れることで、視界が開ける瞬間がたびたびあったのです。
この点こそ専門家に相談する大きな意義の一つだと思います。学術的知識の裏付けを持ち、実際に多くの事例を診てきたからこそ持てる視点には説得力がありました。
休養期間中、長い時間をかけて自身と向き合い続けました。その結果、私は生きづらさの根本的な原因を確信するようになっていました。
家族の問題を認識した時 ― 人生のターニングポイント
通院と並行して、私自身でも生きづらさの原因を探る努力をしました。
例えば、同様の経験を持つ人の話を聞いたり、一般向けに書かれた心理学や精神医学、哲学などの本を読みました。特に、家族の問題に着目している見解には、自身のこれまでの人生と重なる部分が多くありました。
子どもの頃からの記憶や感情を一つずつ思い出し、心の中で確認しながら丁寧に整理しました。
時間がかかるとても苦しい作業でした。記憶をすり替えたり、都合よく解釈してしまうこともあり、何が真実かわからず混乱することが何度もありました。しかし、私には必要な作業だったのです。
機能不全家族での育ち ― 受け入れたくなかった過去
私はいわゆる機能不全家族と呼ばれるような環境で育ちました。心が常にざわついていた記憶があります。
その事実を受け入れたくなくて、自身が頑張ることで、まるで過去を上書きしようとするような生き方をしてきました。生まれた環境に負けたくなかったからです。
このような人生に臨む態度が、私の性格や物事の受け止め方に影響を与えてきたと思います。それに加えて、気が休まらない結婚生活や、仕事のストレス、健康状態などさまざまな要因が重なりました。
直近の勤務先での出来事は、心身のバランスが崩れる最後の一押しだったと今では理解しています。
この気づきは、私の人生が健全な方向に向かうための大きなターニングポイントになりました。なぜなら、家族の問題という根本原因がわかった以上、自身の意思と行動次第で対処できるのではないかと考えたからです。
過去と現在を受け入れると決めた ― 自分の人生を生きる
私は家族の問題を一人で背負い込んでいました。毎日、心をえぐられるように苦しいのに、自分は大丈夫だと自身に言い聞かせてきました。
通院と休養を通じて、苦しさの核心に気づいた時、どうするべきか自分自身に問いかけました。答えは意外なほどシンプルでした。
私は過去と現在をすべて受け入れると決めました。
生まれ育った機能不全家族という環境や、そのことから生じたさまざまな問題、劣等感などの否定的感情もすべて受け入れることを決めたのです。なぜなら、起きてしまったことはもう変えられないからです。
必ずしも自身の生育環境を肯定したり、許すという意味ではありません。残念な過去をそのまま受け入れ、その上で、私は私の人生を自分の意思で生き直そうと考えました。
休養中に読んだ本の中で、私本来の気質に強く響く一文に出会いました。以下のようなことが書かれていたのです。
「環境は影響要因であるが、決定要因ではない」
過去に囚われて生きるか、ゼロから生き直すか、私次第だと考えるようになりました。家族の存在を忘れるという意味ではありません。大人になった今、適度に距離を置きつつも、助けを求められた時にはしっかり助けられる人間でありたいという意味です。
そのためにも、生まれ育った環境を一旦切り離し、まずは自分の人生をしっかり生きることが必要だと考えたのです。
過去の家族と現在の家族 ― 傷を抱えた配偶者との難しい関係
生まれ育った家族(過去の家族)との問題に関しては、私の中ですでにある程度折り合いをつけました。しかし、配偶者との難しい関係(現在の家族)は現在進行形で続いています。
私の配偶者もまた、独特な家庭環境で育ちました。それゆえに内面に多くの傷を抱えているのです。
そのことに起因するのかどうか断定はできませんが、一緒に暮らし始めてからの日々は、言葉にし難い困惑の連続でした。その結果、私たちは激しい衝突を繰り返してきたのです。
すでに、自身の両親と暮らした期間と同じくらいの長さを、配偶者とともに過ごしてきました。手に余る配偶者の言動に振り回されながら、離れて暮らす実家の問題に対処し、自身の仕事もこなす毎日は、まるで綱渡りのようでした。神経は擦り減り、疲れ切りました。
次章のテーマ ― 休養期間中の過ごし方
次章では、休養期間中に考えたことについて、もう少し詳しく紹介します。その後、配偶者との関係について触れていきたいと思います。

