1章2節:認知を修正して心と家族問題の囚われから解放へ

企業文化とのミスマッチと退職できなかった理由

休職する前、私は勤務先の上層部と価値観の隔たりを感じるようになっていました。また、組織再編の結果、入社した10年前と比較して企業文化も変質していました。仕事に思い入れがあった分、自分の考えや価値観をどう保つべきか思い悩みました。

私は会社が変わってしまったという事実を受け入れることが怖くて、過剰に働くことで自身の正当性を示そうとしました。なぜなら、自分が会社の風土に合わなくなったことを認めると、自ずと転職が視野に入ってくるからです。

ところが、私には簡単には会社を辞められない事情がありました。多くの課題を抱えた家族の存在です。会社の価値観との不一致と、退職できない理由の狭間で苦しみました。

家族の問題という重荷 ― 機能不全家族、借金、信仰、配偶者との溝

心療内科を受診して初めて自覚したことですが、家族の問題こそが私の苦しみの核心だったのです。

多くの人が、何らかの形でこの種の悩みを抱えているかもしれません。私の場合、具体的には下記の問題に苦悩していました。

  • 機能不全家族での育ち
  • 亡き父に対する複雑な思い
  • 借金
  • 引きこもる家族
  • 介護や看取りに伴う後悔
  • 母を守りたい気持ち
  • 失業経験のトラウマと家族への罪悪感
  • 義理親族の信仰に関する複雑な状況
  • 配偶者との価値観の違い

日々の仕事と並行して、私はこれらの家族の問題を全て自身で背負い込みました。現実に私以外に対処できる人がいなかったという事情もありますが、そうするべきだと思い込んでいたのです。

各課題については、一つひとつこのブログ連載で触れていきます。

認知の修正によって囚われから解放された瞬間

退職してから数年間、内省を深めた結果、不意に胸の奥から「もう誰の人生も背負わなくていいのではないか」という声が聞こえてきました。その瞬間、私は囚われていた思い込みや過度な責任感からついに解放されました。

この心境に至るまでには長い時間を要しましたが、今は以前の私を乗り越えることができたと言えます。目を逸らしたい過去や現実と折り合いをつけ、そのまま受け入れることを決めたのです。つまり、根本原因に対する私自身の見方を変えたのです。

家族の問題という出来事は確かに存在しました。また、そのいくつかは現在進行形です。しかし、私の苦しみの本質は、それらの課題に対する私自身の受け止め方にあったのではないかと考えるようになりました。

私はこう思い至りました。「生まれ育った環境や他者の価値観に生き方を決められる必要はない。私自身の意思と行動で、人生を選び直せばいい」

今の私は、人生を次のように捉えています。

  • 「過去と他者は変えられないが、私のものの見方は変えられる」
  • 「過去と現在を受け入れた上で、それらに縛られずに私の人生を生きよう」
  • 「将来幸せになれば、苦しい過去が違って見えるかもしれない」
  • 「例え家族であっても別々の個人。それぞれの人生を自由に生きればいい」
  • 「もしも家族に助けを求められた時には助けられる私でありたい。努力してその力を得よう」
  • 「心配は尽きないし、未来のことはわからない。最善を尽くしたら、その結果を受け入れよう」

今は、「囚われからの解放」という言葉の意味を、日々確かめながら生きています。

同じ悩みを抱えるあなたへ ― 生きづらさの実体験をブログに記録する理由

新たな人生の第一歩として、このブログを書くことを決めました。シリーズとして私の実体験を綴りつつ、その過程を通じて見出した希望についても触れていきます。執筆の動機はいくつかあります。

第一に、私自身のためです。認知を修正した過程や方法を記録することで、これまでの人生に区切りをつけたいと思います。また、文章にすることで、自分の本心をより引き出すことができると考えました。将来、この記録を読み返すことで、自身が成長していることを確認したいのです。

第二に、悩みのもとであった家族にも、やはりいつか私の思いを知ってほしいと願うからです。もしもその日が来たら、この記録を読んでほしいと思います。

第三に、私の経験を公開したほうが、社会にとってより意味があるかもしれないと考えたからです。どこかで似たような苦しさを感じている人がいたら、この記録が何かを考える際の一つの材料になるかもしれません。

次章のテーマ ― 休職を決めた日のこと

次章では、休職を決めるに至った直接の出来事について振り返ります。あの日は、私の人生の分かれ道でした。